大阪都構想について

しばらくマスコミを賑わしていた大阪都構想の住民投票が、昨夜、ついに決着しました。私は大阪市民ではありませんが、とても関心があったので、このことについて書いてみます。

2015年5月18日


 もうこの「都構想」の話が出てから結構経つ。
当初は、何故大阪府を大阪都にして大阪市をなくして5つの特別区にしなければならないのか、なんでこんな話が出てきたのかかいもく分からなくて、このことに関係するニュースが出る度に、その都度新聞やマスコミの記事を読むようにしていた。


橋下氏という人物にも、テレビに出ていた頃から見知っていたので、親近感があったのかも知れない。維新の党を立ち上げたり、石原慎太郎氏と共同代表を張ったり、府知事に当選してからも、色々と行政の改革もやって来られたが、その頃から政治家としては、確かに聡明な頭脳の持ち主だとは思うが、かなり強引な感じはしていた。


私は大阪市内在住ではないが、近隣に居る者としては、もし都構想が進んだら、全くの無関心では済まされないので、結構それに関しての情報は集めて、自分の理解を深めることに努めたのである。


テレビで2時間くらいだっただろうか、徹底討論としての番組があり、そこには橋下氏は勿論、都構想に反対する自民党や共産党の議員さんも参加しての番組があったので、ビデオ録画をしておいて、じっくりと賛成論・反対論を聞いてみた。


その番組を見終わっての私の感想は、「解らん・・・。」であった。


多分に私の理解力・解析力の無さもあるだろうが、残念ながらその番組を聞いたにもかかわらず、もし私が投票に行ったとしても<賛成>なのか<反対>なのかの決断はつかなかった。




2015年5月19日

 昨日の月曜日の朝刊には、大々的に「大阪都構想 廃案」と大きな活字が踊っていた。わずか1万票差くらいだったようだ。これは220万人という大きな人口を抱えての住民投票とすれば、はなはだ「僅差」であると言えるだろう。結論を出すのに大阪市民の方々は、随分気苦労をされたのではないかと思料する。どのような選挙や投票にしても、個人ではたった一票の投票であるが、その集積が微妙に、実に上手く世相の綾を映し出しているものである。


それにしても告知から3週間という投票のための活動期間は、人口の多さからして、あまりにも短かったのではないだろうか。もっとも都構想が出てからは随分時間が経過していたのは間違いないが、しかしながら私が見たような、両陣営がガチンコ勝負で激論を交わすような場がもっともっと多ければ、そしてその内容を何度も目の当たりにして自分の中で反芻が出来たとしたら、結果はどうあれ、こんなにもやもやとした気持ちにはならなかったのではないかと思う。


「都構想」という言葉が先行してしまって、「大阪都にならなければ将来はない」、いや「歴史ある大阪を潰すのか」という極端に集約された言葉の応酬だったような気がする。現在の体制や制度との明らかな対比が今ひとつ伝わらず、何がどうだからどこをどうするという具体的な対比がとても少なかったように思う。


それと、「都構想になれば、ここはどう変わるのですか?」とか「今述べられたことと、現在の体制とは、その部分はどう違うのですか?」とかの、2時間ばかりの討論会ですら疑問に感じ、いくつも質問したいことはあった。

そこの部分が、何事に付け「変革」しようとする時にはとても大切な要素ではないだろうか。




2015年5月20日

 私は今回の、日本で2番目に大きな影響力を持つ大阪府の「都構想案」、そしてその中核である大阪市の「住民投票」を目の当たりにして、とても心が揺さぶられた。これには言うまでもなく、大阪の未来、いやひょっとして日本の未来が掛かっていたハズである。


先にも述べたように、制度や体制の細かな部分まで、もっと丁寧な突き合わせをされていたら、結果は変わっていたかも知れない。そういった意味では、橋下氏への信任・不信任といったレベルの話ではなくて、とても<勿体ない>ことをしたのではないかと考えている。


この後は、折角、投票に参加した大阪市民だけでなく、多くの人が市政や府政という地方自治というものについて関心を持ちそれなりに考える機会を作ってくれたのだから、もう一度、施策の是や非を付き合わせて、「都構想」が良いか悪いかの話ではなくて、今後いかに良い府政・市政を作っていくのかという、府民・市民にも解りやすいそういう<仕組み>を作って頂きたいと願います。


これこそが今回、天下を大きく二分した「大阪春の陣」の成果ではないだろうか。






徒然日記 by konta

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